愛するということ — 本全体
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- 読者#hm4g19・2026/9/26 14:41:42公開
『嫌われる勇気』にも同じことを書いた。こちらはその続きになる。
フロムは、未熟な愛を共生的結合と呼んだ。相手と溶け合って、自分を手放す形だ。受け身の側はマゾヒズム、能動の側はサディズムになる、とまで書いている。
そのうえで成熟した愛を、結合しながら自分の全体性を保つこと、と定義している。
一緒にいることと、自分を消すことは別だ。そう言っている。
こちらが欲しいのは、まさにこれだと思う。
自分のしたいことを、俺がしたくないという理由で諦める。二人でしか成立しないことならいい。子作りとか、そういうものだ。だがそうでないものまで諦めて、その理由を俺に置いていく。
溶け合っているつもりなのだと思う。だが溶けた分だけ、相手がいなくなる。
俺が一緒にいたいのは、諦めた人ではない。行きたい所がある人だ。
課題の分離は線を引く話で、こちらは線を引いたうえで一緒にいる話になる。両方ないと、片方は冷たくなり、もう片方は溶ける。
行ってきたらいい。面白かったと言って帰ってきてほしい。それが一番いい。