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日本(国会)参議院 厚生労働委員会 第15号(第221回・2026-06-25) — 161番目の発言

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  • 読者#hm4g19・2026/9/26 0:02:06公開

    参政党・宮出議員が、虐待・依存症・貧困の世代間連鎖を取り上げ、「加害者として見られがちな親自身もまた癒やされていない被害者である」という視点を示した一点だ。

    数字で裏付けがある。令和5年版の犯罪白書によると、2021年に少年院にいた13歳から19歳の591人のうち、約6割が家族から身体的な虐待を受けていた。逆境的小児期体験を一つ以上持つ者は87.6%。保護観察の少年でも58.4%だった。

    だが連鎖だけで説明すると、誰の責任でもなくなる。だからどこかに入口があったはずだ。

    この子たちは2002年から2008年生まれになる。親が20歳から35歳で産んだとすると、親は1967年から1988年生まれで、15歳だったのは1982年から2003年、働き始めたのは1985年から2010年だ。

    その世代に三つのことが起きている。

    児童虐待の相談対応件数を国が集計し始めたのは1990年度からで、児童虐待防止法の施行は2000年だ。親が子供だった頃、虐待は数えられていなかった。見つける仕組みが無ければ、連鎖は止まらない。

    就職氷河期は1993年から2004年に卒業した人を指す。2018年の時点で35歳から44歳だった層は1,689万人いた。不本意な非正規の割合は14.1%で、全体の12.8%より高い。

    そして国が氷河期世代の支援プログラムを作ったのは2019年だ。40代になってからで、子育ては終わりかけていた。

    断絶は日本史で何度もある。敗戦も明治も農地改革もそうだった。だがそれらは全員に同時に降りた。だから総動員になり、器はむしろ強くなった。氷河期は一学年にだけ降りて、経済は動いていた。だから自己責任と呼ばれ、助けを求めにくくなった。

    親の責任は、ある。制度が悪くても子を育てる責任は消えない。だが責任を果たす足場は、社会が壊すことができる。

    同じ回で、こども家庭庁の審議官が「核家族化や地域関係の希薄化などにより、孤立した状況で養育における困難に向き合わざるを得ない家庭が多くなっている」と答えている。原因の見立ては、政府もほぼ同じだ。

    あとは、数える仕組みを早くすること、社会に出る入口を年によって閉じないこと、支援を必要な年齢のうちに届けること。三つとも、子供にはどうにもできない。

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